ブーケブランケット失敗談
「毛糸の山と、私の2週間戦争」

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※登場人物は全て仮名です。

「これ、完璧じゃん」

スマホの画面に映るブーケブランケットの写真を見て、私は確信した。来月退職する先輩への贈り物。花束は枯れるし、お菓子は好みがあるし、かといって商品券は味気ない。でもこれなら、見た目は華やかな花束で、広げればブランケットとして使える。実用性と華やかさの両立。しかもレビューは星4.8。完璧すぎる。

商品ページには色とりどりのブーケ型ブランケットが並んでいた。ピンクのバラ、白いユリ、グリーンの葉っぱ。どれも本物の花束みたいに美しい。「退職祝いに最適!」「心温まるギフト」「一生の思い出に」というキャッチコピーに背中を押され、私は迷わずカートに入れた。

価格は7,980円。まあ、お世話になった先輩だし、このクオリティなら妥当だろう。ポチッとした瞬間、私の中で「完璧な退職祝い計画」が完成した気がした。

届くのが楽しみだな。

ちなみに、この時の私は知らなかった。人生には「確認不足」という名の落とし穴が、いたるところに潜んでいることを。

段ボールを開けた瞬間、時が止まった

注文から1週間後。会社から帰宅すると、玄関に大きな段ボールが届いていた。

「お、来た来た!」

ワクワクしながら開封する。中には...毛糸。大量の毛糸玉が10個。ピンク、白、クリーム色、グリーン。色とりどりで可愛いけど、これは毛糸だ。間違いなく毛糸だ。

「は?」

もう一度段ボールの中を覗く。毛糸玉の下に、編み針が2本。そしてDVD。「初心者でも安心!ブーケブランケットの作り方」というタイトルが見える。

え、作るの?私が?

慌てて同梱されていた説明書を読む。

「この度は手作りキットをお買い上げいただき、ありがとうございます!心を込めて編んだブーケブランケットは、世界に一つだけの特別なギフトになります。初心者の方でも2週間あれば完成しますので、ぜひ楽しみながらお作りください♡」

2週間。

退職日まで、残り2週間と3日。

私の編み物経験値は、小学校の家庭科でマフラーを途中で諦めたレベル。あの時も「編み物向いてない」と担任に言われた記憶が蘇る。

商品ページをもう一度確認する。そこには確かに、小さく、本当に小さく「手作りキット」と書いてあった。私が見ていたのは完成品の参考写真。つまり「これを作れますよ」という見本。

完成品だと思ってた。届いたらリボンでも付けて、そのまま渡せると思ってた。

目の前の毛糸の山が、私を嘲笑っているように見えた。

深夜0時からの編み物地獄

でも、諦めるわけにはいかない。だって7,980円払ったんだから。それに先輩の退職日は変えられない。

仕事から帰宅後、YouTubeで「ブーケブランケット 編み方」を検索する。出てくる動画はどれも「簡単!」「初心者向け!」と謳っているけど、見れば見るほど複雑に見える。

「まずは基本の編み方から」

動画を一時停止しながら、編み針を持つ。毛糸を針にかけて...あれ、これどっちの手でどう持つんだっけ。動画を巻き戻す。もう一度やってみる。

1時間後。私の手元にあるのは、10センチ四方の穴だらけの何か。これ、ブランケットになるの?

2時間後。編み目がどんどんズレていって、台形みたいな形になってきた。

3時間後。毛糸が絡まって、解くのに30分かかった。

気づいたら朝の5時。目の前には毛糸の残骸と、編み針に刺さったままの謎の布のようなもの。寝不足で頭がぼーっとする中、シャワーを浴びて出勤の準備。

会社で先輩に「大丈夫?顔色悪いよ」と心配された。

「ちょっと寝不足で...」

まさか先輩のプレゼントを作ってて寝不足になってるとは言えない。

毎晩続く、孤独な戦い

それから毎晩、私の戦いは続いた。

仕事から帰る→ご飯を食べる→編み物開始→気づいたら深夜2時→寝る→寝不足で出勤。このループ。

4日目、やっと30センチくらいの布ができた。でもこれ、ブランケットにしては小さすぎるし、花束には見えない。

7日目、YouTubeのコメント欄で「根気が大事!」「私は1ヶ月かかりました!」というコメントを見つけて絶望。1ヶ月。退職日まであと1週間しかない。

9日目、編み目を間違えて、3日分を解くハメになった。この時ばかりは泣きそうになった。というか泣いた。毛糸を握りしめて、リビングで一人で泣いた。

同僚に「最近疲れてない?」と言われる頻度が増えた。メイクで隠しきれないクマ。爪はボロボロ。指先には針の跡。

先輩が退職する前に、私が倒れそうだった。

退職前日の決断

退職日前日。金曜日の夜。

私の手元にあるのは、50センチ四方の歪んだ布。これをどう頑張っても、商品ページに載っていた美しい花束型ブランケットには見えない。というかブランケットとしても微妙。

「無理だ」

ついに私は白旗を上げた。

スマホで近所の花屋を検索。まだ開いてる店を見つけて、自転車で向かう。そこで5,000円の花束を購入。ラッピングもしてもらって、リボンも付けてもらった。

帰宅後、部屋の隅に追いやられた毛糸の山を見る。7,980円。未完成の布。2週間の睡眠不足。全部、無駄になった。

いや、無駄じゃない。学んだ。

「完成品」と「手作りキット」の違いを、身をもって学んだ。

そして今日、私は再び検索している

先輩の退職から3ヶ月。

今度は後輩が結婚することになった。何か贈り物をと思って、また検索している。

「ブーケブランケット」

検索窓に打ち込む。でも今回は違う。キーワードを追加する。

「ブーケブランケット 完成品」 「ブーケブランケット すぐ渡せる」 「ブーケブランケット ラッピング済み」

商品ページを開く。まず確認するのは価格でも口コミでもない。

「完成品」か「手作りキット」か。

この文字を探す目は、もう3ヶ月前の私とは違う。鷹のように鋭い。

見つけた。「完成品・ラッピング済み・すぐにお渡しいただけます」の文字。しかも写真の隅に「※こちらは完成品の販売ページです」という注意書きまである。

なんて親切な商品ページ。涙が出そうだ。

レビューを読む。「すぐ届いて助かった」「ラッピングが綺麗」「そのまま渡せて便利」。そうだ、これだ。これが私が求めていたものだ。

カートに入れる。今度は慎重に、商品説明を全部読む。配送日数、サイズ、素材、全部確認。

「手作りキット」の文字がないことを3回確認してから、ポチッとした。

部屋の隅には、まだあの時の毛糸が残っている。いつか使うかもと思って捨てられずにいる。でも多分、一生使わない。

あの毛糸は私の「確認不足」の記念碑。7,980円の授業料。

でも後輩への贈り物は、もう大丈夫。今度こそ、完璧だ。

届いたその日に渡せる、本当の「完成品」が、もうすぐ私の元に届く。

 

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